自由の代償は大きい.
人生とは,選択の連続であり,迷いだらけである.
一方で,制約の美学,というものは,確かに存在する.
"My way or the highway (こちらのやり方に従うか,出ていくか)" を信条として選択肢を排除し,提供側が使い方をある種強制する Apple の製品などは,それが具体化された例だろう.
人生の一切は選択である。毎日、毎秒、わたしたちは選んでいる。そしてそこにはつねに、別の選択肢がある。
-- 本文より
とても気づきの多い良書でした.自分の為の備忘録を兼ねて書評を書いていたら長くなってしまったので,とりあえず一言にまとめると,「直感を頼りに選んで,あとは気の持ちようだから気にしない!」…かな.
仕事,遊び,宗教,恋愛,対人関係…といったものから,ランチのメニューやテレビのチャンネルまで,私たちは日々あらゆる選択を迫られ,都度,意思決定を遂行しています.
本書は,社会理論・社会行動学を専門とする心理学者の著者が,
- 日常向き合う選択の幅が,どう広がってきたかを示し,
- 選択という作業のプロセスを分析し,
- 選択が苦痛となるまでの過程とその理由を解説し,
- 選択が持つプラス面を利用し,マイナス面を避ける対策を紹介する,
という本.その内容は心理学,行動学,経済学のみならず,様々な市場調査,実験や研究に基いています.
あなたは気づいているでしょうか.意思決定はある程度操作可能であり,その過程と結果はひどく主観的であることを.
本書ではいくつもの調査結果,実験結果を紹介していますが,【フレームと期待】という概念から一例を挙げてみましょう.
あなたは医師で、アジアの小村で働いているとする。いま600人の村人が、命にかかわる病気にかかっている。治療法はふたつある。治療 A を選べば、確実に200人の命を救える。治療 B では、3分の1の確率で600人全員を救えるが、3分の2の確率で、ひとりも救えない。さて、どちらの治療法を選ぶだろう、A か B か?
あなたは医師で、アジアの小村で働いているとする。いま600人の村人が、命にかかわる病気にかかっている。治療法はふたつある。治療 C を選べば、確実に400人が死ぬ。治療 D では、3分の1の確率でひとりも死なせずにすむが、3分の2の確率で、全員が死んでしまう。さて、どちらの治療法を選ぶだろう、C か D か?
両者は同じことを言っていますが,A か B かでは大多数が A を選び,C か D では大多数が D を選ぶとのことです.
微妙な言い回しで中立点を操作できるし,損得の印象も操作できるということ.そしてこうした心理的作用は,意思決定に大きく影響するのです.
この「損失の痛みは得をする嬉しさを上回る」ことを利用すれば,所有感覚を操作することも可能です.例えば車を買う時に,希望するオプションをつけ加えるより,あるだけのオプションをつけて不要なものを断わってもらう方が,たくさんのオプションがつくことになるのです.
特に目から鱗が落ちたのは,著者のこんな一言.
割増も割引も、おなじことの言い換えにすぎない
他にも様々な興味深い概念が紹介されているので,簡単に触れておきます.
【カーマンのピーク・エンドの法則】
過去の経験の嬉しさ・不快さに関する記憶は,ほぼ全面的に,次の2つの要因で決まる.ピーク (最高の瞬間あるいは最悪の瞬間) にどう感じたかと,終わった時どう感じたか.
例えば,楽しくて有終の美を飾った1週間の休暇は,ピークは最高だったけど尻すぼみに終わった3週間の休暇よりも,楽しかったと記憶される.
そしてこうした感じ方は,将来の決定に影響を及ぼします.
【アベイラビリティ・ヒューリスティック】
なにかの情報が思い出しやすい (アベイラブル) ほど,過去に出会った回数が多かったのだと錯覚する.もちろんある程度はその通りだが,実際にはその他に,情報の目立ち方や鮮明さも,思い出しやすさに大きく影響する.
広告業者はこの概念を巧みに利用して,あなたの判断を歪めています.
【アンカーリング】
比較対象の別の品を錨 (アンカー) にして,基準を設定している.例えば,1500ドル以上するスーツばかり並んだ店で,800ドルのスーツは,掘り出し物に見える.
つまりある商品を売りたければ,それより高い高級バージョンの広告をうった上で,その商品を「お徳用パック」と銘打てば良い.
…といったような概念を説明した上で,著者は個人の特性を,2つの側面からとらえています.
1つは chooser か picker か.もう1つは maximizer か satisficer か.
【チューザー vs ピッカー】
チューザーは選ぶ人.ピッカーはつまむ人.
わたしたちはオプションが一握りしかなく、じっくり吟味できるときでさえ、まちがいやすいようにできている。しかも、決断の数と複雑さが増幅すると、ますますまちがいやすくなる。そして実際、わたしたちが日々向き合う決断の数と複雑さは、増幅し続けている。
オプションが増えて選択の機会が増えると,
- 決断に必要な労力が増す
- まちがいやすくなる
- まちがいの引き起こす心理的な影響が深刻になる
という負の連鎖がはじまり,人間は選ぶ人 (チューザー) から,つまむ人 (ピッカー) に変貌してしまいます.
チューザーは、オプションを前にして、長短を見比べてから決断を下す。自分の人生で重要なのはなにかを考え、いま現在の選択で重要なのはなにかを考え、決断が将来に及ぼす影響を、長期的、短期的に予想する。選択は選んだ本人の人格を反映することを理解していて、それを踏まえて決断を下す。そして、望みにかなうオプションがどこにもないときは、そういうこともあると見極めをつける。それでも完璧なオプションが欲しいなら、自分でつくるしかないと承知している。
ピッカーは、このどれをもしない。
【マキシマイザー vs サティスファイサー】
マキシマイザーの目的は最大化です.欲しいのは最高であり,最高でなければだめと信じている.それに対してサティスファイサーの目的は,満足すること.
マキマイザーは、買い物や決断をするたびに、それが考えられるかぎり最高だと確かめないではいられない。どうすれば、それが絶対に最高だと確かめられるだろう? 確かめるには、ほかのオプションをすべて調べるしかない。
サティスファイ (満足) とは、まずまずいいものでよしとして、どこかにもっといいものがあるかもしれない、とは考えないことだ。サティスファイサーは、自分の中に基準なり原則なりをもっている。そうした基準にかなう品がみつかったら、みつかった時点で、探すのをやめる。
マキマイザーは、選択したあとで、時間がなくて調べられなかった別のオプションの存在にさいなまれる。おかげで、せっかく最高の品を選んだというのに、サティスファイサーほど満足できないことが多い。
マキシマイザーはサティスファイサーに比べて,
- 商品の比較にこだわる
- 買うと決めるまでに時間がかかる
- 自分の買ったものと、他人の買ったものの比較に時間を費やす
- 買ったあとで後悔することが多い
- 買ったあとで、買わなかった別の候補についてあれこれ考えることが多い
- 全般に、買ったものに対する評価が低い
- いい出来事をあまり楽しまず、悪い出来事を乗り切るのが上手でない
- なにか悪い出来事が起こった後で、生活の充足感を取り戻すのに時間がかかる
- くよくよ考えたり、思い煩うことが多い
では,どうすればいいのか...?
最後に著者は,以上を踏まえて,「満足して生きるための選択術」というものを提案しています.
1. 選ぶときを選ぶ
2. つまむひと (Picker) ではなく、選ぶひと (Chooser) になる
3. 満足 (Satisfy) を心がけ、最大化 (Maximize) を控える
4. 機会コストを機会コストとして考える
5. 決断は取り消し不能にする
6. 「感謝の心」を実践する
7. 後悔しない
8. 順応を見越す
9. 期待を管理する
10. 他人との比較はほどほどに
11. 制約を歓迎する術を学ぶ
それぞれの詳細は本書に譲りますが,必要な所だけ少し補足しておきます.
【1. 選ぶときを選ぶ】
生活の中で向き合う選択のうち,何が本当に重要かを見極めて,そこに時間とエネルギーを集中させる.
選択には負の側面があることを自覚し,たとえば「オプションは2つまで (服を買うとき覗く店は2軒まで)」といったルールを,自分の中に設ける.
【2. つまむひと (Picker) ではなく、選ぶひと (Chooser) になる】
チューザーは,必要があれば,自分のため他人にために新たなオプションを作ろうとする.ピッカーになると,目の前に並んだ選択肢の中から,なかば無理やり選ばされる.
つまむのではなく選ぶための時間を確保したいなら,一部の決断については,習慣,しきたり,規範,ルールにしたがって,自動的に決める覚悟が必要.
チューザーには目標を修正する時間の余裕がある.ピッカーにはない.チューザーには,トレンドを追わない時間の余裕がある.ピッカーにはない.いい判断を下すには時間と注意力が必要.
【3. 満足 (Satisfy) を心がけ、最大化 (Maximize) を控える】
サティスファイサーはマキシマイザーより,自分に満足していられる.その角を曲がった先の店に「最高」があるとしても,「まずまず」で手を打つ.要は,満足する機会を捉えて,それに感謝すること.
決断を迫られたとき「まずまず」のしっかりした基準が必要.つまりサティスファイサーになれるのは,自分の目標と願望をよく分かっている人だけ.なにがまずまずかを知るには,自分自身を知り,自分にとってなにが大切かを知らなければならない.
【4. 機会コストを機会コストとして考える】
- とくに不満を覚えているのでないかぎり,いつも買っているものを買う
- 「さらに便利な新製品」に誘われない
- 「痒い」のでない限り,掻かない
- 「そんなことをしたら世の中においていかれる」と心配しない
これら「満足して生きるための選択術」は,明確な指針として,賢い選択を助長してくれるでしょう.その上で,自分自身に改めて言い聞かせておきたい,私なりのポリシーを最後に書いておきたいと思います.
本書にあった「マキシマイザー」は,非常に耳の痛い話でした.特に自分がこだわる分野であればある程,完璧を目指してしまう.そんな,細部にこだわりがちになっている時は,「その時間でできる他のことを失っている」ということを自覚するようにしています.
やはり私としては,直感に勝る意思決定は無いと信じています.
Peace Pipe: フィーリング >>> 超えられない壁 >>> ロジック [memo]
Peace Pipe: 考えるより感じろ,という話 [memo]
モノゴトの結論というものは,直感から導かれ,論理でそれを後付けする.決してその逆であってはならない.
選択した後については,本書が提案している前述の「満足して生きるための選択術」にも「5. 決断は取り消し不能にする」「7. 後悔しない」というのがありましたが,私の中では「そもそも選択肢は最初から1つだったんだと思い込んでしまう」という考え方がとても心に残っています.
Peace Pipe: やってしまって,良かったと思え - 選択肢は常に1つだったと考える [memo]
「選んだ以上は後悔しないように云々」みたいな言葉はよく聞くけど,そもそも選ぶという概念から抜け出して,選択肢は最初から1つだったんだと思い込んでしまう,というのは目から鱗でした.
…さて,ここまで読んでくれた方,こんなダラダラと長い書評にお付き合いありがとうございました.最後はこんな言葉で締めましょう.男に限らず女性にも,そしてあらゆる分野に通用する言葉ではないでしょうか.
男の仕事の8割は決断だ.
そこから先はおまけみたいなもんだ.
-- 仮面ライダーWより