後輩から借りっぱなしになっていた,日本が世界に誇るスーパーハッカーの本.
金出氏は,京都大学で教授を勤めた後,コンピューターサイエンスでは世界トップレベルであるカーネギーメロン大学のロボット研究所の所長にまでなった人である.
彼の名を世に知らしめる研究は枚挙に遑がないが,特に有名なのは "Eye Vision" だろう.これは,周囲に囲んだロボットカメラが適切なタイミングで同時に被写体を撮影し,その映像を繋げることによって,視聴者には映画「マトリックス」のように,まるで時間が止まって周りを飛んでいるように見えるシステムだ.これがなんと2001年のスーパーボウルに採用されたのだ.つまり,全米で1番視聴率を稼ぐイベントで,何千万という一般市民が彼の研究の恩恵を受けたことになる.
「素人発想・玄人実行」とは,何とも素晴らしい名言だと思う.人には誰しも得意分野があるが,なまじっか知識があるが故にその得意分野において「バカ」になりきれず,頭で考えすぎてしまうことがよくある.
本書は,金出氏が単純,素直,自由,簡単な発想をする為に,我々に送る48の lifehacks である.特に「技術書」という位置付けではまるで無く,社会で生きていく為のちょっとしたコツが,非常に具体的に語られている.
例えば,特に私が感銘を受けたものを,タイトルだけいくつか紹介するなら,
3. 成功を疑う
専門家は,捨てて変える決断力と勇気を
4. 創造は省略から始まる
どこを端折るかがキー!
6. シナリオのキーは,いかに人や社会の役に立つかである
よくできる人とできない人の違いは…
7. 構想力とは,問題を限定する能力である
世の中のすべての問題を最も一般的に解くのは不可能である
11. 「できない」から次が始まる
科学者が不可能と言った時は,高い確率で間違っている
27. 説得する - 黙っていてはわからない
アイデアや結果は人に知られてこそ,のものである
30. 説明して納得させるのではない.納得させてから説明するのだ
複雑な理論でもわからせられる
34. 英会話は「外国人にしてはうまいな」と思われるぐらいがちょうどよい
最適な英会話の習熟レベル
37. 「起承転結」のコンビネーション
この4つは「構成要件」であり,かならずしも順序ではない
40. 発表と英語に関する3つの変なアドバイス
発表はあまり準備しないほうがよい
43. 「自分がどう見られるか」の脅迫観念と存在感
実際には,他人はまず気づいていない
45. 人を引っ張るリーダーシップ
西部劇の保安官,時代劇の代官
46. うまくいかない時もある - あっさりと方向転換しよう
その場所で,その時々にベストを尽くせばよい
47. 評価とは本来主観的なものである
「客観的」評価の危険性と欺瞞性
48. 「自分が決める」という勇気
意見のない人間はいらないのだ
といった具合だ.
金出氏はロボティックスの権威ではあるが,エンジニアやコンピューターに詳しい人に限らず,「ある成功体験を納めた人間が,その人の色メガネを通して語るちょっとしたテクニック」と捉えて読める本だと思う.
余談になるが,もともと本書を読むきっかけになったのは,この夏 カーネギーメロン大学を訪問 した時に,金出氏に直接お会いする機会があったからだ.
まるで子供のような好奇心を持った方で,プロジェクタを吊るす為に自分でオフィスの天井に穴を開けたらしいのだが,「計算を間違えちゃってねー」ともう1つ余分に穴が開いているのを笑って話していたのが印象に残っている.
また,非常に人懐っこく,とにかく話好きな方だった.その時も,同僚が
先生は学者として非常に著名でありながら,アカデミックに傾倒することなく,Eye Vision のスーパーボウル導入など実社会における成功も得られていますが,そのコツは何なんでしょうか?
みたいな質問をしたところ,
「いやーあの時は大変でねぇ…」
と,その時のエピソードが延々と続き,最後に元々の質問に対する回答として
ま,たまたまだと思うんだけどね♪
と言われた時には,思わず「うおおぃっ!」とツッコミそうになる自分を抑えるのに必死だった.