ミッション・ステートメント 20150103 [mission-statement]
あけましておめでとうございます.
新年ということで,決意でも新たに…とか考えていたところ,こんな言葉が目に留まりました.それは,私の心に響くものでした.
人間が変わる方法は3つしかない.
1番目は時間配分を変える.
2番目は住む場所を変える.
3番目はつきあう人を変える.
この3つの要素でしか人間は変わらない.
最も無意味なのは「決意を新たにする」ことだ.
そしてつい先日,読書メモを公開した 7つの習慣 の中で,自身の信条・理念を表明した「ミッション・ステートメント」を書く,という内容を思い出しました.
著者のスティーブン・R・コヴィーは,「配偶者,家族,金,仕事,所有物,娯楽,友人・敵,宗教,自己…」などといったものを,最も大事なものとして人生の中心に置くのは,脆弱であると提唱しています.大切なものは時や場面によってダイナミックに変わるはずであり,一意に決めるものではない.代わりに「原則」を人生の中心に置くということです.
確かに考えてみれば,「本を月に10冊読もう」とか「残業は毎月○○時間におさえよう」みたいなことは,目的ではなく,あくまで手段ですよね.何を目指して本を10冊読むのか? 仕事がすごく大事な時なら残業が必要かもしれないし,家庭を優先するべき時もあるでしょう.それを適切に判断する為に,自身の信条・理念を明文化するのです.
というわけで,決意を新たにするのではなく,具体的に私のミッション・ステートメントを書いてみました.
人は皆,自分のレンズを通して世界を見ています.このブログは,私のレンズを通して見た世界を公開する場所だと思っています.それで読者の方が,「とある他人のレンズを通した世界」に触れることによって,なにかを感じて頂けたら幸せです.
ですので多少,恥ずかしい気もしますが,私のミッション・ステートメントを以下に掲載します.本来は時間をかけて熟考するべきものだと思うので,これはあくまで最初のバージョンということで.これから,リバイズの度にここに掲載していきます.
まあこれは,完全に自分自身に対するメッセージなので,適当にスルーして下さい.
私は,自分の理念に基いて集団から抜け出し,明確な優先順位と人生哲学を持って自分と向き合う為に,以下のミッション・ステートメントを定義する.ここに述べることは,私が何者か,どのような人間になりたいのか,何を信じているのか,本当にやりたいことは何か,何を目指し,どのような貢献・功績を成し遂げたいのか,内面の根底にある価値観,方向性,優先順位は何か,である.
これを原則とし,私の人生の中心に置く.この原則は,私の安定 (心の拠り所),指針 (意思決定の基準),知恵 (目の前の事象をどうとらえて,原則を適用するか),力 (選択と決断,及び誘惑を克服する意志) の源である.
私は父親である.
私は,私の子供達の話をよく聞き,常に彼等の理解者である.私は,私の子供達を愛で包み,彼等に私が人生で学んだことを伝え,彼等を大人に育てあげる.私は,子供達が父親としか得られない経験を彼等と共有し,彼等の笑い声を世界で一番聞く耳を持つ.私は,私の子供達には近づきすぎず,でも彼等が手を伸ばせばいつも届く所にいる.私は,子供達がいろいろな体験ができる環境を整備し,彼等が好きなものを見つけたら徹底的にサポートするし,飽きて違うことをやりたくなったら,それも応援する.私は私の子供達のヒーローである.ヒーローは守るためにそこにいる.
私は息子である.
子供が悔いのない人生を送ることが,親にとっての一番の幸せだと信じ,私は自分が正しいと思う道を歩む.例えそれが親の願いや希望に背くものであっても.
私は友人である.
私の友人は,私を写す鏡であり,私もまた彼等にとって,彼等を写す鏡である.
私は技術者である.
私はテクノロジーの力,インターネットの力を信じている.私は,時間を操作して,取り出せる,四次元ポケットを創る.私は人のライフスタイルを変えるもの,普通の人をニートにするもの,そして人を幸せにするものを創る.私は1を2にすることよりも,0を1にすることにこだわる.私は私が創るものと,そのプロセスを愛している.
私は上司である.
私は私の部下を愛している.
私は部下である.
私は私の上司を顧客ととらえている.顧客が望むものを提供するのがプロであり,多くの場合,顧客に何を望むか聞かずともそれをする必要がある.顧客は,自分が望むものを認識していない場合さえある.
私はアーティストである.
私は自分にしかできない表現ができた時に,それを誇りに思う.
私は,明るく楽しい人である.
私は人を笑わせることが好きである.私と接することで,一緒にいる人が明るく楽しい気分になったら嬉しい.また私自身も明るく楽しい人が好きであり,そのような人達と出会う機会を逃さない.私にとっての麻薬は,そのような人達との会話であり,決して酒や煙草ではない.
私は冒険家であり,ファイターであり,粘り強い生存者である.
私は未だ見ぬものに勇気をもって積極的に挑戦し,例え打ちのめされてもまた立ち上がる.「ちょうど良いタイミング」なんてものは,嘘である.物事を決めるタイミングには,「たった今」か「永久に後」の2つしかない.最も恐れていることこそ,最もする必要があると考える.
人生はわくわくするものだと信じる.
迷ったら,わくわくする方を選ぶ.
人生はシンプルなものだと信じる.
迷ったら,シンプルな方に倒していく.
私は,ミニマリズムを追及する.
人生は自由なものだと信じる.
十代の若者が学校や教師に対して訴える自由ではなく,大人になってからの自由とは,誠実に生きることである.迷ったら,人として誠実かどうかを自らに問う.
人生は刺激的なものだと信じる.
但し,外部からの刺激は虚無だと理解している.
私は音楽の力を信じる.
この先いかなる困難に直面しようとも,きっと音楽が救ってくれる.
私は自分でコントロールでき,影響を与えられるものにフォーカスする.過去,未来を含めて,自分がコントロールできないことに時間を費やさない.他者の課題は切り捨て,自分の課題に他者を介入させない.
私は自分を信じ,受け入れる.
私は自立し,主体的に自分の人生を選択する.
私は他者を信頼し,常に感謝の気持ちを持ち,常に同じ目線で接する.
私は他者に貢献するが,他者の評価は気にしない.
私は,generous に振舞う.Generosity とは,金に対する気前の良さだけではなく,時間などを含めたコスト,及び心の寛大さをも指す言葉である.
私は謙虚に振舞う.承認欲求を否定する.自分を大きく見せる為の一切の努力を放棄する.
私は,タイムマネージメント,目標設定,一貫性,キャリアプラン,マルチタスクは,全て無意味だと考える.これらを全て放棄する.原則に従い,目の前にあることに集中して取り組む.
私は,自分に関係ない,重要ではない,緊急ではない情報は,全て無視する.
私のモチベーションは,自律,熟達,意義の3つを根拠とする.
その先にあるものは,没頭である.
私は,他人に言いたいことを言う.それが悪いことでも必要なことであれば言うが,特に賛辞の言葉は惜しまない.
私は良いものを選んで,ゆっくり食べる.満腹になるまで食べない.本質的なエネルギーは,節制から生まれると理解している.
私はツール・サービスを駆使するが,決してそれらには使われない.
私は金で買えるものに,本質的な価値はないと考える.モノを買うだけでなく,モノを買う準備をすることすら無駄だと悟っている.物質的なものより,精神的な成長を求める.物欲に駆られることがあれば,一度時間と距離を置く.但し,質の高い時間を買う時は,金を惜しまない.
毎日,知性を磨くことに時間を費やす.知性と肉体は繋がっているからである.
毎日,肉体を磨くことに時間を費やす.肉体と知性は繋がっているからである.
私は,常にクオリティよりもスピードを優先し,決して完璧主義者にはならない.細部が気になってきた時は,「いい加減はいい (良い) 加減」とおまじないを唱えて,そこでストップする.
全ての物体に存在意義がある.
周囲から与えられた価値観はまやかしである.
肉体と精神と宇宙は直結している.
旅は私の心を解放する.
音楽は私の魂を解放する.
水の流れは私に平穏をもたらす.
私は以上の原則に耳を傾け,常識にとらわれず,論理より直感を信じる.
モノゴトの結論というものは,直感から導かれ,論理でそれを後付けする.決してその逆であってはならない.
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