子どもへのまなざし [book]
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子育てに関して,非常に高い評価を受け,絶賛されている本を読んだ.
とある有名な書評 Blog では,こんな風に紹介されていた本だ.
わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる: 親になったら読むべき3冊
鉄板。特に男親は読め(強調)。子育てで悩んだり、苦しい思いをしたりすることは、必ずある。そのときに、この書名を思い出してほしい。本を読むことで、つらさや心配を消すことはできないが、苦悩する自分を丸ごと肯定してくれるだろう。
どのように子どもと接するかのハウツー本ではない。そんなものは巷に溢れている。これは、親をやっていくための、根っこの考え方が伝わってくる。親として人生を生きていく「覚悟」のようなものが腹に落ちてくる。
読み終えて,すぐにまた読み返した.2度目は,自戒を込めて読んだように思う.
著者は,乳幼児期は人格の基礎を作る時だと説く.それは建物に例えるならまさに基礎工事であり,基礎工事は建物が建った後は見えなくなってしまうが,有事の際は建物の命運を分ける.「大学時代に留学していた」などと言うと聞こえは良いし,人の目にもとまりやすいところではあるが,それはカーペットや家具のようなものであり,いくらでも取り替えることができる.ペルシャ絨毯やヨーロッパの家具で修飾されていても,基礎工事が疎かな建物には住めないのだ.大学は後から入ることができるかもしれないが,大人になってから幼稚園に通いなおすことはできないのである.
例えば渋滞している道路で平気で路肩の車線を走ったり,歩道の点字ブロックの上に平気で自転車を停めたり,捨ててはいけない公共の場所に平気でゴミを捨てる人がいる.これは「ソーシャル・レファレシング」と呼ばれる,いわゆる誇りの感情,人間としてのプライドを,分かち合うことができない人であると言う.そしてソーシャル・レファレシングは,幼い子どもが「どうすればいいのかな」と振り返った時,親やまわりの人の視線が必ず見守ってくれていてどうすればいいか教えてくれるような,そういう過程を通して育っていく人間的な感情や感性であり,これは生後6ヶ月ぐらいから1歳半ないし2歳,乳児期の終わりから幼児期の前半に,もっとも良く育つものらしい.
そして著者は,この大事な時期の育児は,子供の要求や期待にできるだけ十分に答えてあげること,ただそれだけのことだと言う.
夜中に起きて泣く乳児に,授乳やだっこをしなければ,ほとんどの乳児は1週間前後で夜中に泣かなくなるそうだ.だがこれは,物分かりが良い,忍耐強い子供になったわけではなく,むしろその逆で,困難に対して早くギブアップする子になったということなのだ.このような子は,その後も困難をすぐ回避しようとし,努力を放棄する子供に成長していったとのことである.いつまでも泣き続ける乳児こそ,忍耐強く,簡単にはギブアップしない子なのだ.さらに重要なことは,泣きやむしかなかったということは,子供の心に周囲や人や世間に対する漠然とした,しかし根深い不信感と自分に対する無力感をもたらしてしまい,望みを叶えてもらえた乳児は,周囲の人や世界に対する信頼と,自分に対する基本的な自信の感情が育まれるとのことである.
おんぶとかだっこと言われてその度にしてあげたからといって,子供が歩かない子になるということはない.30年以上子供の臨床に携わってきた著者は,「過保護で子供を育て損なったという事例を見たことがない」と言う.子供が望んでもいないことをやらせ過ぎる過剰干渉は子供の自立心・自主性を無くすだろうが,子供の望んだことは望んだ通りにやってあげることが重要なのだ.
要求が満たされたときに,子供は人を信じることができる.そしてこのベーシック・トラスト,すなわち人を信頼できるということが,豊かな人間関係を作る為の基本であり,それが一番よく育つのが乳幼児期だということだ.
著者は,人間として生きていく上で,最も大切なことは,信じることだと断言する.
私に,育児書などという枠を超えて,この当たり前のことを再認識させてくれたように思う.
勉強やスポーツ,稽古事などは,極端に言えば金を出せば教えてもらえる.でも知識や技術は,それだけでは人格とは無関係であり,人格の中心部分については,子供は子供から学ばなければならない.そして,「思いやり」というような人間らしい感情は,親が教えなければならないのだ.思いやりのある姿をたくさん見て育たなければ,子供の心に思いやりは育たない.
自分たちはそうしないくせに,子供にはそうなってほしいと思うから,口でうるさく言わなくてはならなくなる.自分でできないから,その分口で言う.しかし教育とは,口で行うものではなく,心やしぐさ,物腰,行動で行うものなのだ.
ではどうすれば良いかということについて,著者の答えは,あまりにもシンプルかつ,目の覚めるようなものだった.
まずみなさんは、ご自分で自分は幸せだろうかと、自分に問いかけてみてください。
幸せとは感謝ができることであり,感謝の気持ちのない幸せというのはない.日常的な,とるにたらないように見える些細なこと,きわめて平凡なこと,ただ無事であることだけにも,感謝できるような気持ちを持つということ.
子どもは親を見て学ぶ。「幸せ」を学ぶ為には、親が幸せになっていないと、子どもには何が幸せなのか分かりません。
だから、まずお母さんが幸せになって下さい。お母さんが幸せでないのなら、子どもはどうやって「幸せ」を知ることができるでしょうか。事情により幸せな感情を持ちにくいようでしたら、せめて、子どもと接するときはゆとりをもって安らいでいられるようにしてください。旦那さんをはじめとするご家族は、このことを胸において、お母さんをサポートしてあげてください。
そして愛の気持ちは、なによりも自分が愛されることによってしか生まれてこないのです。
豊かになった現代社会では,モノの生産と消費の量によって文化の水準が計られ,いつも欲求不満であるように操作されている.ともすれば,人の喜びが嫉妬の対象になり,人の悲しみが自分の喜びになる.
正直,私には妬みも嫉妬もある.
思いやりとは一緒に喜び悲しむ気持ちであるということ,自分が幸せな人ほど相手を思いやることができるということ,そして自分が幸せである為には自分が人から愛されていなくてはいけないということを,良く考えてみようと思う.
そして育児とは,あせらないこと.「ゆっくり,ゆっくり,ゆっくり待っていてあげるから,心配しなくていいよ」というメッセージを,いかに子供に伝えるかということ.ありのままの子供を受け入れること.
…親として自分がやってきたこと,これからやっていくべきこと,そればかりか自分が子として親に育てられこれまで成長してきた過程を,深く考えさせられる本だった.できれば,今親という立場にある人,これから親になろうとする人には,ぜひ読んで頂きたい.
私は,不安でたまらない.
私に,果たして親としての資格があるのかどうか.
いつか自分の親に,「親の資格なし」と言った時,彼はどんな想いだったのだろう.
いつか自分の子に,そう言われたとしたら,私は一体どうするだろう.
できなかったことが,山のようにある.やるべきだったのに,できなかった…いや,やらなかったことが,私には山のようにあるように思う.
この,きっと一生消えることのない不安と,真剣に向き合っていこうと思う.今私にできることを,私にしかできないことを,逃げることなくやっていこうと思う.
私は,親である自分を,本当に誇りに思っているから.
仕事で疲れて帰ってくるかこないかは、親のかってなのです。子供が願っている事ではないのです。
子どもの側から、親を選択することはできないのです。親は産むか産まないかは選択できるのですが、生まれてくる子どもの側からは、親を選択できないのです。
ですから、金持ちであるとかないとか、豪邸に住んでいるとかいないとか、そういうものなんかより、はるかに重要なのは親の親としての気持ちでありまして、親の人間性なのでして、それが子どもにとっての大きな心の財産なのです。
-- 子どもへのまなざし / 佐々木 正美
…そして私は,幸せになろうと思う.
5 コメント:
4度目の正直に向けて、心のカートに入れておく。
今2ヶ月半なんだ。
心から祈ってるよ.
この本の後半で,思春期というのは「自分はいったいどういう存在だろうかということを自覚する時期である」と書かれているんだ.そして,その鏡の役割をするのが仲間であると.外面を見るのは鏡で良いけど,内面を見るには,絶対に友達が必要であると.
自分が10代の頃に出会った仲間は,本当にかけがえのない宝物だと思ってる.
今でも,君達に会うと,本当に自分がどういう存在かを自覚しているような気がするよ.
この場を借りて,ありがとう.
ずーっと知ってるし。
親孝行っていうのは、親が望むとおり生きることじゃなくて、自分の力で生きていけるようになることだって、昔教えてくれたよね。
toshiに出会ってなかったら今の自分はいないと思う。かけがえのない存在です。
あなたの大きな愛は、みんな伝わってるよ。
あなたはそういう人!
愛,ありがと.
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