情報の呼吸法 - 津田大介のメディアに対する取り組みの過去と現在を知ることで,自分のメディアに対する取り組みの現在とこれからを思う本 [book]
情報の呼吸法 (アイデアインク) 津田 大介 朝日出版社 2012-01-10 |
【津田大介という人物について】
書評に入る前に,著者について触れておく必要があるでしょう.
ネット上で津田さんの発言に触れていると,なぜか彼が「情報の発信者」でこちらは「情報の受信者」という感覚がまったく無い.勝手な仲間意識があるというかさ.なので以降,本エントリーでは,親近感と敬意を以て,彼のことを呼び捨てにします.
「ツイッターの伝道師」とも呼ばれる津田.
事実,Twitter の方が Facebook よりメジャーである世界唯一の国 である日本において,Twitter が Facebook より流行った理由は,Twitter には津田大介がいて Facebook には津田大介がいなかったからである,と言ってしまっても良いかもしれません (この状況は今後変わると思いますが).
そして Twitter で20万近くのフォロワーを集める津田は,Twitter 上で受ける (多くの場合は根拠の無い) 批判にいちいち反応し,時には完膚なきまでに反論する.それについて津田は,あっさりこう言い切る.
趣味です。 RT @armycross00: @tsuda なんで噛み付いてくる人をわざわざ相手にしてるんですか?無視しとけばいいのに…
そして基本的にブロックはしないと.
なぜならそれがインターネットだと思っているからだと.
一部のbotを除き人相手にはブロックしてません。公開した以上は誰でも情報がみられるのがインターネットだと思ってるからです。これはポリシーです。RT @yu_ichikawa: 津田さんはブロックなどについてはどう思いますか?ブロックする基準やブロックについての哲学などありますか?
これだけ書くと,いかにもクセがありそうなアジテーター,という印象を持つ方も多いかもしれませんが,ジャーナリストとしての津田は驚く程ニュートラルです.津田のメールマガジンに寄稿した島田裕巳氏に言わせれば,彼は透明.であるからこそ,津田が取り上げるものは,全てその対象が自然と浮き彫りになるんだと思います.
透明感を漂わせているジャーナリストというものは、おそらく他に存在しないであろう。むしろ、一般のジャーナリストは、透明感とは対極な位置にあり、強い個性を発揮し、確固とした主張を展開しようとする。少なくともそれを理想とし、その理想像に近づくことをジャーナリストの本質として理解している。その点からすれば、津田には「ジャーナリスト」という肩書きはふさわしくない。
(中略)
津田は、情報の発信者ではなく、情報の通り道としての役割を果たしているのである。
その点で、津田自体が一つの「メディア」であると言える。
津田が通常使う「ジャーナリスト」という肩書きがどこかそぐわず、正体不明とみなされるのも、彼自体がパーソナルメディアだからである。メディアは、あくまで情報が伝えられ、交換される装置、媒体であり、本来個性を持たない。その存在は透明であり、重要なのは、個性ではなく、機能なのである。
(中略)
津田マガの読者にしても、それを読んだ後に摂取されるのは、津田の考え方でもなければ、その思想でもない。津田と対談した人間の持つ情報であり、その姿勢や考え方、問題意識である。
-- 島田裕巳 (津田大介の「メディアの現場」vol.14 「島田裕巳氏による津田大介論」より)
ヘタな情報誌に費やす時間と金があるなら,津田大介というパーソナルメディアに触れた方がいいでしょう.
津田大介のメールマガジン「メディアの現場」 (The Book Project 夜間飛行)
津田大介の「メディアの現場」 (まぐまぐ!)
(現時点では,メールが分割されないこと,単号購読ができることから,夜間飛行の方がオススメ)
で,やっと書評に入りますが,ここまでで「津田っておもしろそうな奴だな」と思うなら,本書は手に取るに十分値します.なぜなら本書は津田の行動と頭の中を紐解いた本だと思うから.
そして,津田のメディアに対する取り組みの「過去と現在」を知ることで,自分のメディアに対する取り組みの「現在とこれから」を思う本,と言っていいでしょう.
以下,特に興味深かった点を,私自身のネットに対する接し方と合わせて書いてみます.
【「人選び」で情報の格差が広がる】
(p.45)
昔は「情報選び」は「媒体選び」でした。朝日新聞を取るのか読売新聞を取るのか。どの雑誌を買い、どのチャンネルを見るのか。しかしソーシャルメディアの時代になって、それは「人選び」に大きく変わりました。人をどう選ぶのかによって入手できる情報に大きな違いが出るようになりました。
Twitter のおもしろい所は,フォローする人種と人数によって,全然違うメディアになる・仕立てることができる,という所だと思っています.友達だけ30人フォローするのと,興味がある人100人をフォローするのと,興味がある人がフォローしている人まで含め1000人をフォローするのでは,受け取る体験が全然違いますよね.さらに Twitter にリスト機能が実装されてからは,その全てが体験できるようになった.
私は今日現在で915人フォローしていて,タイムラインは常に流れています.PC の画面上には Twitter ウィジェット (twhirl) で常にタイムラインを表示させています.濁流のように押し寄せる,色々な人が「その時に感じた何か」を浴びていると,例えば静かなオフィスにいても,まるでザワザワしたカフェにいるかのような感覚があり,動き続ける世の中の今この瞬間を映し出す鏡のようでもあります.
例えば,正規ニュースサイトばかりフォローしたり,サッカーが好きな人がサッカー関係者ばかりフォローしてタイムラインをサッカー色に染める,というのもアリだと思いますが,私は多様な人を織り交ぜて,本当にカフェにいるような感覚のタイムラインを意識しています.
そして本当に読みたい人はリストに入れて,iPhone のクライアントで移動時に読む,というスタイルです.
【誤配を通じて自分を知る】
(p.48)
ツイッターが便利なのは、自ら検索して情報を得て、ソーシャルキャピタル (人間関係資本。人とのつながりによる無形・無償の財産) を豊かにできるというところですが、それだけではなく、情報が自動的に最適化されつつも、予期しない情報がハプニング的に入ってくるという部分も忘れてはなりません。
これはその通りで,Twitter には,自分が元々求めていなかった,でも有益な情報との偶発的出会いというのは多いと思います.
加えて強調したいのは,決して有益ではない,完全なるノイズも Twitter では心地良い,という点です.「むくり」みたいなツイートを見て,「何が『むくり』だ.知るか,寝とけ」と思いつつも,それが全然嫌じゃない.
例えば Twitter のタイムラインが,全部おもしろい,あるいは有益な情報ばかりだったら,多分疲れるしつまらない.Twitter はノイズがあるから心地良い.そしてどんなくだらないノイズでも,所詮長くて140文字という制約が美しい.
コミュニケーションの方法にはブログだってメールだって電話だってある.
だけど今コーヒーを飲んでいるということを,わざわざ友達にメールで知らせないでしょう?
(中略)
実世界はブログとメールの隙間で起きている.そしてその隙間を共有する方法が出来たのだ.
Peace Pipe: Twitter は「現実」を共有するメディア [memo]
【ツイッターは出会う系】
(p.50)
「ツイッターは『出会い系』ではなくて『出会う系』だ」と言った人がいますが、この表現は本質をついています。
これはまさに,言い当てられた,って感じですね.
【いかにして情報をスルーするか】
(p.80)
情報をそんなに追い求めてもしょうがない、ということです。そもそもツイッターやフェイスブックでタイムラインを全部追う必要はありません。
これは,もしかすると一番大事な概念なのかも.
「入ってくる情報は全て処理しなければならない」と思うと,心理的負担が大きくなってしまいます.
例えば RSS フィードの未読記事などは,時間が取れない時は読まずに全て既読にする (捨てる).インプットが多ければ,重要なものはまた返ってくる.
インプットは風のようなもので,その時たまたま吹いている風に吹かれればいい.インプットを増やすのは,風に吹かれる機会と出会いの確率を高める為であって,処理する労力や負担を増やす為ではない,というのが持論です.
Perfectionist (完全論者) では,ネット上では生きていけないのです.
【情報は発信しなければ,得るものはない】
第3章のこのタイトルには,丸ごと賛成します.
「自分の中でしっかりとした考えを張り巡らせるには,ある程度外から入ってくる情報をシャットアウトした方が良い」と言われますが,少なくとも自分に関しては,インプットは多ければ多いほど良い,そしてアウトプットすることが鍵だと思っています.
第3章の前半は,うがった見方をすると「フォロワーを増やす為に情報を発信した方が良い」と読めてしまうかもしれませんが,それは津田の本意ではないでしょう.インプットの質や濃度を上げるために,アウトプットするんです.
アウトプットが伴わないインプットに,意味は無いのです.
アウトプットは量多い方がいい。フィルタは各自がやればいい。この原則わかんない奴はインターネット合わないと思う。
【「人」に注目して情報の信憑性をはかる】
(p.73)
発信を通して「人」が露 (あらわ) になってしまうのがツイッターの最大の特徴です。
「ツイートは口ほどにものを言う」なんて言葉もありますが,本当にその人となりが浮き出てくるのが Twitter だと思います.
そう考えると,改めて Twitter ってすごいと思う.
Twitter の創業者の1人である Evan Williams は,「ブログ」の語源を作った Blogger.com (このブログも Blogger です) の創業者でもあります.Blogger を Google に売って Twitter を作りました.ブログシステムを作った後に,「ブログ書かない人でも SMS と同じ140字なら書くだろう」と,自己表現を助長した Twitter.実際に,ブログを書いていない,あるいは続かなかった友人が,Twitter で頻繁につぶやいているのはすごいと思う.
Twitter については,この辺りの意見にとても同感です.
Twitterだと○○ができる!すごい!ってのを見ると、老害の私としては同じことブログでできたし、自分はやってきたって思っちゃうんだけれど、Twitterの凄いことはそれをブログで実現できなかった人がTwitterでは実現できたということなんだろうな。
個人的なイメージでいうと、twitterって「なんとか本」を買って取り組んでみるタイプの人には向かないサービスだと思うんだよな。おもしろさは自分で見つけるタイプじゃないと、何がおもろいかわからん。
自己表現の助長という意味では,「人間は個々がメディア・コンテンツとなって情報を発信するべきだ」という考えに基き,まるで息を吸うようにそれを可能にした Tumblr もクールだと思っています.
Peace Pipe: Tumblr のおもしろさを書いてみる [memo]
【他にも…】
随分長文になってしまいました.
いい機会だったので,自分自身のネットの接し方について頭にあったことを吐き出すと共に,津田マガに習って長めにしてみましたw
肝心の書評については,引用している部分が Twitter に関わるところばかりなので「本書はツイッター本」と誤解されそうですが,そんなことはありません.
例えば「連想ゲーム」というキーワードで,情報の受発信からファシリテーション,さらにはインタビューにおいてのコツまで紹介している.「情報の偏りを是正するには古典を読むのがいい」という意外なアドバイスがある.さらに「ネットの住人」というイメージがある津田が,「オフラインの情報価値が上がっている」と主張し,オフラインの情報をどのように取りにいけば良いかを解説している.
…などなど,読み所がたくさんある割には,内容はするすると入ってきます.わずか160ページ,1000円もしない本です.
冒頭で津田に対して「勝手な仲間意識がある」と書きました.確かに私は津田にシンパシーを感じていますが,別に彼を持ち上げたい訳じゃない.客観的に見ても,ネット社会において彼は特殊だとは思いますが,別に特別ではない.
ただ,選ぶ・選ばざるに関わらず,我々の生活にインターネットが占める割合は大きくなってきています.そんな情報革命の過渡期に生きる我々にとって,本書はインターネット,メディアをどのように搾取し,どのように発信しているか,その「非凡な一例」を示している.それを以て,自己のネット,メディアとの付き合い方を再考にするには,うってつけの一冊ではないでしょうか.
情報の呼吸法 (アイデアインク) 津田 大介 朝日出版社 2012-01-10 |
2 コメント:
過去にP2Pの違法手段を教えていたりしていましたが昔の本については触れないんですね
「(津田さんは) 過去にP2Pの違法手段を教えていたりしていましたが (あなたは,津田さんの) 昔の本については触れないんですね」という意味ですか?
よければ,どんな本か教えて下さい.
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