フィクションとは,それが創造された世界であり,だからこそ読み手の想像をかき立て,現実を抜け出して精神世界の旅をさせてくれるところに,醍醐味があると考えています.
その中にもいろいろあって,例えば,普通の人が借金に翻弄される様を描いた 火車 は,どちらかというと現実的な設定であり,そこに自己を投影して味うことができる作品でした.それに対して今回紹介する「生ける屍の死」は,あまりにブッとんだ設定で,手触り感の無い空想の世界を遊泳するような,楽しみ方があるように思います.
なにしろ,アメリカの片田舎で,死者が甦ることが普通であるという世界の中,死者が殺人事件を解明するというストーリーなのです.それはいたずらに奇抜さを追い求めた結果ではなく,「死」というテーマを追及した結果であり,読み進めていくうちにそんな世界に没頭してしまうから不思議です.
とある登場人物の,「あんた,聞いててくれなかったのか?」という問いかけに対する,「すまん,ちょっと,死んでたんでな,全然聞いていなかった.悪いがもう一度最初から繰り返してくれないか?」という回答など,まったく痛快としか言いようがありません.
ミステリー小説として極上の作品であると同時に,「死」について深く考えさせられる一冊でした.
もう一度言うがな、われわれはテレビという電気の小匣を通して、いまや人類史上かつてなかったほど大量で頻繁な死に接しておる。くる日もくる日もな。こんな状況の下で、死はどんどんフィクションと化していく。人々は「死」をテレビというパンドラの匣の中に隠蔽し、酸鼻を極める死体と白い歯の美女が奨めるコマーシャルの洗剤とが、まるで同じ製品であるかのごとく同じ画面の中に並列して置かれることになるのじゃ。
-- ハース博士 / 作中より
生ける屍の死 山口 雅也 |
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