「ネットフリックス (Netflix) 」 という名前を聞いたことはあるでしょうか.日本ではまだサービス・インしていませんが,ビデオストリーミングサービスの絶対王者です.会員は5千万人を超え,アメリカでは全世帯の32%が加入 (Amazon インスタント・ビデオは19%,Hulu は9%),4人家族の世帯になると45%が加入しています.なんと,アメリカのインターネットのトラフィックの1/3は,ネットフリックスの動画ストリーミングが占めるとのことで,驚異的としか言えません.
「オンライン・ビデオで人々のライフスタイルを変えたい」と思っている私としては,ネットフリックスの ビジョン には心から共感しますし,企業カルチャー も素晴らしいと思っています.また技術者の観点では,彼らの テクノロジー や レコメンデーションに対する取り組み などにも大変興味があります.
しかし,1ユーザーとしては,私もきっと皆さんも,単に「おもしろいコンテンツが観たい」だけでしょう.即ちビデオストリーミングサービスとしては,「いかに他サービスが持っていないコンテンツを調達するか」みたいなことが重要になるわけですが,ネットフリックスはそのゲームのルールを変えてしまいました.
他サービスが持っていないコンテンツを持ちたいなら,自分で作ってしまえばいいと.ビデオ配信業者から,放送局になってしまえばいいと.
そうしてネットフリックスによって制作されたドラマが,「ハウス・オブ・カード (House of Cards) 」です.
さらに特筆すべきは,ネットフリックスは,この成功をはじめから確信していたことです.
ネットフリックス (に限らず,全てのインターネットサービス) は,ユーザーの振舞いを「全て」把握しています.レーティングやどのタイトルがどれぐらい観られたかといった単純なものではなく,その前後に観られたタイトル,どんな画面遷移やスクロールを経てそこに辿り着いたか,検索キーワード,視聴中にポーズしたシーン,繰り返し観たシーン,観るのをやめたシーン,何曜日の何時にどこでどのデバイスを使って観たか…などのデータは,おそらく収集していると思われます.
The Netflix Tech Blog: Announcing Suro: Backbone of Netflix's Data Pipeline
Streaming Behemoth: Netflix's Astounding Math: Video
そんなビッグデータを解析して,ユーザーの視聴動向から「こんな作品をこんな配役で作れば人気が出るはず」という答えをはじき出し,制作されたのがハウス・オブ・カードです.100億円という,その辺の映画を遥かに凌ぐ莫大な制作費も,計算されたリスクだったのです.
結果はどうだったか.
ハウス・オブ・カードは,エミー賞 (アカデミー賞のテレビ版) で,9部門にノミネート (うち3部門受賞,もちろんネットドラマとして初).ネットフリックスは,ハウス・オブ・カードのリリース後,たった3ヶ月足らずで,会員を300万人増やし100億円の制作費をペイさせました (ちなみに日本の WOWOW の加入者数が270万人程度).
それは,CM も無ければスポンサーの顔色を伺うこともない解き放たれた自由が,視聴率というちっぽけなデータに一喜一憂する放送局を嘲笑うようでもありました.また,最初から一気に13話まとめて配信するというスタイルは,「いい所で終わって続きは来週」みたいなドラマの法則を根底から覆し,むしろ宣伝文句にある通り「13時間の大作映画」と捉える方がしっくり来ます.
余談になりますが,「ビデオストリーミングサービスの放送局化」という波はどんどん広がっており,例えばアメリカのアマゾンは,アマゾン・スタジオでドラマの第1話のみを何本も作って無料公開し,続きが観たいというユーザーの人気投票で勝ち残った作品を,ユーザーの今後の展開に対する期待の声と共にシリーズ化する,といった試みをしています.
この辺りの,インターネットによる,メディアの既成概念やプレイヤーの勢力図の崩壊については,書きたいことが山ほどありますが,それは別のエントリーに譲るとして,ハウス・オブ・カードに話を戻しましょう.
ネットフリックスがユーザーデータに基づいてはじき出した答えは,ハウス・オブ・カードのリメイク権獲得 (もともとはイギリスの小説とドラマ),制作指揮はデヴィッド・フィンチャー,主演はケビン・スペイシーでした.
デヴィッド・フィンチャーは,言わずと知れた「セブン」「ファイト・クラブ」「パニック・ルーム」「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」「ソーシャル・ネットワーク」「ドラゴン・タトゥーの女」などを手がけた鬼才.
そして何といってもケビン・スペイシー.私がはじめて彼を観たのは「セブン」でしたが,犯人のジョン・ドゥ役として演じるサイコキラーぶりがどハマりで,あまりにその印象が強く,その後に観た「ユージュアル・サスペクツ」や「アメリカン・ビューティー」でのキャラ設定も手伝って,私の中では完全にキモヲタキャラでした.そんな折に「交渉人」を観て,「ああ,この人はめちゃくちゃ巧いんだな」と.「どんな役柄でも独自の色を塗ってしまう人なんだな」と.
内容としては,ホワイトハウスを舞台にした,すがすがしいほどドロドロした政治ドラマです.好みが分かれる題材かもしれませんし,特に外国の政治の舞台裏を,国のトップを選挙で選ばない日本人が観ても,親近感がわかないかもしれません.しかしだからこそ逆に,手触り感が無い異世界に,スペイシーはじめ豪華キャストの演技が持ち込むリアリティのミスマッチが,私としては見どころの1つかと思っています.
ちなみにこちらが「セブン」でジョン・ドゥを演じたケビン・スペイシー.20年弱という歳月を差し引いても,同一人物とは思えません.この時もデヴィッド・フィンチャーとのコンビでしたね.
インターネット時代のアドバンテージを最大限に活かし,データを駆使して作られた「ニュータイプ」であるハウス・オブ・カード.海外ドラマファンではなくても,一見の価値があります.DVD や Blu-ray も出ていますが,せっかくネットからはじまったドラマなので,配信でどうぞ.第1話は無料で観ることができます.
DVD・Blu-ray はこちらです.
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