イェール大学の "The Science of Well-Being" という講座を受講しました.復習と備忘録を兼ねて,本記事にまとめます.10週間の講座の要約なので,7000文字程度 (原稿用紙18枚分) の長文になりましたが,とてもおもしろい講座だったので,雑誌かメルマガでも読む感覚でお楽しみ頂ければと思います.どなたかの参考になれば幸いです.
【これは何?】
- イェール大学の人気授業を,10週間のオンライン講座としてカスタマイズしたもの
- Coursera で,無料で受講できる (修了証の発行は有料)
- Well-Being を私なりに訳すと,「安心感に満ち溢れ,ストレスなく心身ともに健康で,ハッピーな毎日を送る」こと
- つまり,世界屈指の名門大学が,ハッピーな毎日を送る為にはどうすれば良いかについて,スピリチュアルや根性論ではなく,あくまでサイエンスとして,科学的に紐解いている講座
【3行まとめ】
- 良い仕事,良い成績,お金,高級品,真の愛,完璧な容姿…などは,人を幸せにしない (でも人間の脳には,これらは幸せをもたらすと,錯覚する特性がある)
- 求めるべきものは,利他的に生きること,人と関わること,時間的な豊かさ,瞑想,運動,睡眠
- ハッピーになるには,その仕組みを知識として知っているだけではダメで,スキルとして練習して体得する必要がある
-- 以下詳細 --
【そもそも幸せはコントロールできるのか?】
幸せを感じる構成要素100%のうち,
- 50%は遺伝的要素
- 例えばコップ半分の水を,「半分も入っている」とポジティブにとらえるか,「半分は空」とネガティブにとらえるかの,生まれもった性格の部分
- 10%は,偶然によってもたらされる
- 宝くじに当たる,不慮の事故に遭う,など
- 残りの40%が,思考や行動によって意図的にコントロールできる部分
【人を幸せにすると思われている (でもしない) もの】
良い仕事,良い成績,お金,高級品 (awesome stuff),真の愛 (true love),完璧な容姿は,人を幸せにしない
- 例えばお金で言うと,「お金と幸せの相関係数」は0.13 (*1)
- 特に,年収75,000ドル (現在のレートで年収820万円) を越えると,お金は幸せに作用しなくなる
(*1) 相関係数とは,2つのデータの関係性を示す,1から-1の値です (1だと完全な正の相関,0だと無関係,-1だと完全な負の相関).例えば投資の世界では,「アメリカン航空と JAL の相関係数は0.8 (海外航空株が上がれば国内航空株も上がる),US ドルとゴールドの相関係数は-0.7 (通貨の価値が下がればゴールドの価格が上がる)」のように使われます.
0.13ということは,ほとんど相関がないということ.ちなみに講義の中では各国のデータが紹介されており,日本は0.18でした (誤差の範囲だと思います).
【良い仕事,良い成績,お金,高級品…などが幸せをもたらすと錯覚する,4つの理由】
1. まず,そもそも脳は錯覚するようにできている
- 例えば下の図で,2本の赤線は同じ長さだが,そうは見えないはず
(出典: Coursera - The Science of Well-Being) |
2. これは脳が,絶対評価ではなく,適当 (かつ多くの場合はデタラメ) な基準値 (reference point) をもとにした,相対評価をするため
- 上の図では,基準値は黒線
- 絶対評価ができるなら赤線は同じと気付けるが,脳は黒線を基準に判定する
- 前述の「良い仕事,良い成績,お金,高級品…」などは,人と比べやすい (ので,幸せの対象と錯覚する)
- 人間はこの「適当かつデタラメな基準値」を一切コントロールできず,無意識に受け入れる
例えば…
- テレビの視聴時間が増えるごとに自身の年収に対する満足度は低くなり,テレビの視聴時間が週に1時間増えるごとに,週の消費が4ドルずつ増える
- テレビの中の華やかな世界と自分を比べてしまい,贅沢がしたくなる
- ソーシャルメディアと幸せの相関係数は-0.2 (*2)
- 他人を基準値にして,自分と比べてしまう
- 「自分が5万ドルの年収を得て周りが2万5千ドルを得る」のと,「自分が10万ドルの年収を得て周りが25万ドル得る」という選択肢では,半数以上が前者を選ぶ
- いわゆる「地位財」
- 実際の価値よりも,グループの中で勝ち組になる方を選んでしまう
- 金額に関わらず,人は収入が増えると,希望収入はその1.4倍上がる
- 自分自身すら,未来の自分の基準値になるという例
(*2) 「お金と幸せの相関係数が0.13」と前述しましたが,ソーシャルメディアと幸せの相関係数は-0.2なので,講義の中で教授は,「つまり頑張って給料の高い会社に入って金を稼ぐよりも,サクっと SNS をやめる方が幸せになれるよ」と話していましたw
3. 人間の脳は,「慣れる」ようにできている
- 「良い仕事,良い成績,お金,高級品…」などは,手に入れるとそれに慣れてしまい,そのうち幸せをもたらさなくなる
- さらに,(慣れるということは) 未来の基準値を上げてしまう
- つまり,いくら手にしてもモノ足りない,キリがない
4. 我々は,この「人間の脳は慣れるようにできている」ことを,すぐに忘れる
- 人間には,未来に受けとる感情的インパクトの量と,その持続時間を,過大評価する傾向がある
- 例えば,「新しいスマホを買うとワクワクするが,すぐに古くなってワクワクしなくなる」ことはもう何度か経験しているはずなのに,買い換えの時はやっぱりワクワクしてしまう
- ちなみにこの傾向は,ネガティブな事象に対する時の方が強い (想像していた最悪の事態は,起きてみるとそうでもない)
【これら「4つの脳の特性」を克服するには】
モノではなく「体験」に投資する
- モノと違い,「体験」に慣れることはない
- 高級な新車は,時間が経つごとにその幸せに慣れるばかりか,古くなっていくことで逆に幸せを奪っていく
- 対して最高だった海外旅行は,時間が経つごとに素晴らしい想い出に変わっていく
- 年収に関わらず,体験が物質的快楽よりも多くの幸せをもたらすことに加え,年収が高い人ほどその傾向が強いことも分かっている
- 体験は,それを体験する前から幸せになれる
- 来週のスキーは,今週から既に楽しみ
- 体験は,他人をも幸せにする
- 他人に高級時計を見せびらかされたら,妬みや嫉妬が生まれる
- 対して他人にワクワクした体験を興奮しながら話されると,こちらもワクワクするし,素直に「すごいね」「よかったね」という感情が生まれる
- 体験は相対評価されにくい
- 友達が山に行った体験と,自分が海に行った体験は,比べられない
「脳が慣れること」を阻止する
- 事象を客観的に捉え,意識して心から味わう (savoring)
- 意識して心から味わうことを心掛けると,愛するものに対するポジティブな感情が,より深く,永続的になる
- 逆に例えば,テレビでも見ながら無意識にクッキーをバクバク食べても,美味しさは感じない
- 反対を想像する (negative visualization)
- 現在手にしているものがもし無かったら,を想像する
- 例えば「配偶者とはどうやって出会ったのですか?」と聞くのと,「もし配偶者に出会ってなかったらどうなっていたと思いますか?」と聞くのでは,後者の方が感情が高まる
- 今日で最後だと仮定する
- 現在手にしているものが,明日から無くなると想像してみる
- 感謝の気持ち (gratitude) を持つ
- 感謝の気持ちを持ち,それを示すことは,気持ちを高めてストレスを下げるだけでなく,免疫力を上げ,血圧を下げ,より強いソーシャル・コネクションを感じさせてくれる
基準値 (reference point) を壊す
- 具体的再体験 (concretely re-experience)
- 現在手にしているものが無かった頃を思い出してみる
- 具体的観察 (concretely observe)
- 自分が手にしたい何かを実際に手にしている人を,観察してみる (年収が高い人をよく見てみると,実は仕事のプレッシャーで大変そう,とか)
- 他人との比較をやめる (avoid social comparisons)
- 今あるものに感謝し,他人と比較していることに気付いたら,「ストップ」と声に出して言ってみる (*3)
- 消費を一時的にやめてみる (interrupt your consumption)
- 好きなお酒を毎日飲むより,あえて週末だけ飲む方がより美味しく感じるのは,基準値がリセットされるから
- バリエーションを増やす (increase your variety)
- アイスクリームのフレーバーは,1つよりたくさんの方がいい
(*3) ネガティブな思考を断ち切るのに,「ストップ」と実際に声を出すのが,意外にも驚くほど効果があるという話は,別の場所でも聞いたことがあります.
また「今あるものに感謝」という点について,教授の "Gratitude is a killer of envy (感謝の気持ちは嫉妬心を撃退してくれる)" という言葉も印象的です.
さらに他人との比較について,前述の通り人は基準値を一切コントロールできずに無意識に受け入れてしまうけど,自分がどんな基準値を受け入れているかを観察することで,健全な情報に触れるようにキュレーションすることはできる,と語っています.
【何が本当に幸せをもたらすか】
利他的に生きること (kindness)
- 自分より他人にお金を使う方が幸せになれる (*4)
- 他人のためにお金を使うと幸福感が得られること,また,その幸福感は自分自身にお金を使うより大きい幸福感であることは,証明されている
(*4) 講義では,まさに先日このブログで紹介した本を用いて解説されており,その著者と教授の対談もあります.
人と関わること (social connection)
- ソーシャル・コネクションがある人ほど生き残る
- 幸せな人ほど,人と関わりを持っている
- 見知らぬ人に話しかけるだけで,ムードが高まる
時間的な豊かさ (time affluence)
- 人は,金銭的な豊かさばかり注目し,時間がたっぷりあるという豊かさを過小評価している
瞑想 (mind control)
- 何かをしている時,人間の脳は,実はそのうちの46.9%の時間は集中力を欠いて他のことを考えている (*5)
- 瞑想は,この「脳が他のことを考えてしまう」特性を抑制し (つまり物事に集中することを促進し),結果的に幸せをもたらす
(*5) 余談ですが,これが起きないアクティビティ,つまり人間が自然と100%集中する行為が1つだけあり,それはセックスとのことです.
運動・睡眠
- 「幸福感を高め,寿命が長くなり,記憶力と創造性が向上し,外見が魅力的になり,余計な食欲がなくなり,スリムな体型の維持を可能とし,免疫力を上げ,様々な疾患のリスクを下げ,抑鬱や不安を撃退し,副作用もなく,合法で,しかもタダ」というスーパードラッグが,運動と睡眠 (やらない理由がない)
- 深刻な鬱病患者に,30分の運動を週3回やってもらうと,抗鬱剤を投与するよりも高い効果が認められた
- 運動は90%の被験者が鬱を克服,抗鬱剤は55%の被験者が鬱を克服
- 運動はメンタルヘルスを向上するだけではなく,脳の機能や認知力を高めることも証明されている (*6)
- 睡眠を1日疎かにした時に起きること
- 空腹感を感じる,注意力が低下する,見た目がみすぼらしくなる,免疫力が低下する,脳の細胞を失う,感情のコントロールがしにくくなる
- 睡眠を慢性的に疎かにした時に起きること (*7)
- 寿命が縮む (ガンのリスクが2倍になる他,免疫機能が衰え,アルツハイマー,脳卒中,糖尿病,心血管疾患,鬱血性心不全のリスクが高まる),生殖機能が低下する,肥満になる,心の病 (鬱,不安,自殺傾向) を引き起こす
(*6) こちらの TED ビデオでは,たった1回の運動にも即効性が認められ,神経伝達物質のレベルが高まり,集中力の向上が最低2時間持続することが証明されたと解説されています.さらに長期に渡る運動習慣は,長期記憶,注意力,集中力が改善する,気分が向上する,認知症の進行を抑制する…といった効果があり,あたかも筋トレをして筋肉がつくように,これらを司る脳の部分が実際に変化する (例えば,海馬の容積が物理的に増える) とのことです.
(*7) 世界で最も睡眠不足の都市は東京で,日本は国民の睡眠負債による経済損失が先進5カ国の中で最悪とのこと.GDP の3%を失っている計算になります.要は,みんなが寝れば,日本は3%も経済成長するw
「良い仕事,良い成績…」のようなものでも,それらの「正しい部分」にフォーカスすることで,健全な追い求め方ができる.
- 自分を形成する強み (signature strength)
- フロー状態
- 上昇志向 (growth mindset)
【知識を実践するにはどうするか】
「ハッピーになるには,その仕組みを知識として知っているだけではダメで,スキルとして練習して体得する必要がある」ということで,この講座では実践型の宿題が毎週出され,講座自体も前半 (Week 6まで) は座学,後半 (Week 7以降) は実践練習という形でデザインされています.実践編については割愛しますが,ここではそのテクニックの部分だけ紹介します.
シチュエーションサポート
- 目標達成する環境を作る (見える所に甘いものを置かない,スマホを触らない時間を決める,目標を書いて見えるところに貼っておく,など)
WOOP (Wish, Outcome, Obstacles, Plan)
- Wish: できるだけ詳細かつ明確に,自分のゴールを可視化する
- Outcome: それが達成された時に,どんな素晴らしい結果がもたらされるかを想像する
- Obstacles: それを実現する上で,考えられる障害を想定する
- Plan: If/then の形で,自動的に実行される決まりを作る (例: もし雨が降ったら,ランニングの代わりに自重スクワットをすることにする)
【個人的所感】
最後に感想を綴っておきます.まず全体を通して,マネーリテラシー,グローバルコミュニケーション,栄養学や予防医療…などと同じく,義務教育で教えてほしい,全ての人が知るべき,素晴らしい内容だったように思います.
要点はざっと網羅したつもりですが,ここでは紹介しきれなかった研究結果や裏づけデータ,ケーススタディが,講座ではたくさん解説されています.ここで紹介したいくつかの事例だけでも,驚くべき内容が多かったと思いますが,相関関係と因果関係はきちんと整理する必要がありそうです.
(例えば,「朝食を食べる子供は成績が良い」という話をたまに聞きますが,これは相関関係であり,因果関係は証明されていません.ギリギリに起きるよりも,朝食を食べる余裕を持って起きて,朝食時に家族とも会話することで,脳が活性化されているだけかもしれないし,朝食を食べる家庭は規律性も高く,勉強の習慣ができているだけかもしれません.もっと単純な例で言えば,「火事場に消防車は必ずいる」けど,「消防車は火事の原因」ではありません)
個人的には,なんでも詰め込みがちな自分にとって,「時間的な豊かさを持つ」というポイントが一番響きました.教授と生徒間の Q&A で教授が言っていた,"You just need to take the sharp knife and cut things out (鋭いナイフでバッサリ切らなきゃダメ)" という言葉が,強く印象に残りました.曰く,
あなたが時間をかけていることは,本当にあなたの為になっていますか? かけた時間と得られた恩恵を,客観的に比較できていますか?
世の中にクールなことはたくさんあります.でも,その全てをやる時間はないのです.やりたいことをやって,「時間的な豊かさ」を失っていたら,幸せではないのです.
目標を全て達成しているのに,なぜかストレスを感じてモヤモヤしていませんか? それは,あなたが重要だと思い込んでいること (でもそうではないこと) に時間を使い過ぎていて,本当に大切なことを見落としているからです.
とのこと.耳が痛いですね.
健康については,40を過ぎてやっとその重要性を理解しまして,有酸素運動,及び筋トレは習慣的に行い,身体に良いものを食べ,睡眠は1日8時間,瞑想も朝と夜のルーティーンに取り入れる…ということを,もう何年も続けています.46年生きていますが,今が一番体力に満ち溢れています.
この講座は,貴重なきっかけだったと,解釈します.
物質的な快楽に心を奪われそうになったり,人と比べてマウントを取りたいエゴに駆られたりしたら,「ストップ」と声に出して脳からの束縛を離れて魂に従い,心身を鍛錬し,栄養と呼吸を整え,睡眠をたっぷりとって,ひたすら利他的に生きていきたいと思います.
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