一昔前までは,目にする情報は出版社や記者など「特別な権限を持つ者」によるものだけでした.それが今日では,まあ人によるだろうけど少なくとも自分の場合は,ブログなどを通して「特別な権限を持たない者」によるものが7-8割を占めるようになった.
じゃあ特別な権限を持つ人の文章が,アルファブロガーなど既得権を持たない人の文章より優れているかと言えば,実はそんなことは無い.「権限」と「クオリティー」は直交する概念である.
文章はそうだとして,例えば映像などに目を向けてみると,現時点では放送局のテレビカメラで撮った映像と,民生用ビデオカメラで YouTube にアップした動画では,どうしても,受け取る体験にまで影響する,クオリティーに差が出てしまう.でもそんなものはマバタキしてる間に技術が解決する.
要は何が言いたいかと言うと,コンテンツに真の民主主義が到来する時代が来るということ.それに反対する人にあえて反論する気はないけど,その時代を望まない人って,まるで幕末の武士のようだと思うわけ.
心の解放区
「素人ブロガーやネットの連中に、面白いコンテンツなんて、作れるはずないよ。トレンドや文化を作るのは俺らだよ。」という一流出版社の雑誌編集者の頑迷な考えは、「百姓に鉄砲持たせたくらいじゃ、武士にかなうはずななんてないだろ。俺ら、戦のプロだよ」みたいに威張っていた幕末の武士の姿に重なって見える。
実際は、鉄砲というテクノロジーで武装した農民が、あっさりと「戦のプロ」であった武士を打ち負かすのだ。
幕末の武士よりは,鉄砲を持った農民になりたいなぁ…
っていうか,農民が鉄砲を持てる時代を創りたい.
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