2012年8月26日日曜日

クラウド誕生 - セールスフォース・ドットコム物語 / それと,理想的なモノづくり企業が保有すべき要素 [book]

クラウド誕生 セールスフォース・ドットコム物語―

「クラウド」という言葉が一人歩きし,バズワードとなって久しい昨今,クラウドを語らせたら最も説得力がある人の本を読んでみました.

著者は,Salesfoce.com の創業者であるマーク・ベニオフ.
クラウドコンピューティングというと Google や Amazon のような企業を思い浮かべ,Salesfoce.com については名前すら聞いたことが無いという人もいるでしょうが,この企業はクラウドコンピューティング業界ではじめて10億ドルの売上を記録し,460億ドル規模の市場を作り上げたリーダーであり,Forbes に言わせれば 世界一革新的な企業 です.

そして個人的には,マーク・ベニオフは,日本で言えば盛田昭夫や本田宗一郎に匹敵する起業家であると捉えています.いやそんな例えが古くさいのであれば,トニー・シェイと並んで,徹底的な顧客満足と啓発的な会社作りにこだわり,それを成功させた起業家と言えるでしょう.


「クラウド誕生」という本書のタイトルは誤解を与えるかもしれませんが,本書はクラウドの解説を試みるものではなく,そんなベニオフが Salesforce.com という破壊的イノベーション企業をどのように立ち上げ,どのように成長させてきたかを綴ったものです.

- 起業戦略
- マーケティング戦略
- イベント戦略
- セールス戦略
- テクノロジー戦略
- 社会貢献活動戦略
- グローバル戦略
- 財務戦略
- リーダーシップ戦略

というパートに分け,合計111のアドバイスを解説しています.それら1つ1つは2-4ページ程度と読みやすく,小手先のテクニックではない普遍的な哲学であり,彼の理念とそれを具体化した戦術が紐解かれています.

前エントリーで「線引き」についてこんなことを書きましたが,

妥協するところは絶妙に妥協し,譲らないところは1歩も譲らずに引いた線は,直線ではなく,ぐにゃぐにゃした線のはずです.直線なら素人が引いても10回に1回は成功するかもしれないが,ぐにゃぐにゃした線は当てずっぽうでは引けないのです.

Peace Pipe: 「グローバル」って言いたいだけだろ…? [memo]

まさに本書は,ベニオフが引いてきたぐにゃぐにゃした線の軌跡の記録です.特に,技術者であれば「テクノロジー戦略」には共感できるはずだし,上っ面の「グローバル」という言葉を唱える人には「グローバル戦略」を読んで頂きたい.


…さて,会社で働くとは,どういうことでしょうか.

仕事以外に大切なことが沢山ある? それはまったくその通り.
趣味に生きるから仕事は楽で適当に済ませられるものがいい? それも1つの考え方でしょう.

でもせっかく人生の大きな部分を占めるものであるなら,仕事もおもしろい方がいい.なにか,働く喜びを感じられた方がいい.

給料が高い ことでも知られる Salesforce.com ですが,本書でベニオフは「当社が,価格を武器にサービスを販売しているのではないように,報酬を武器にひとを惹きつけているわけではない.もっと持続性のある,他社には真似のできない何かを売りにしているのだ」と明言しています.

あなたは,給料以外に,仕事に何を求めますか?
私の場合は,こんなものを求めています.これらは私が考える,モノづくりを行う企業・組織が保持すべき要素の7箇条です.

- 年齢ではなく,実力による評価
- 顧客に対する,透明性とコミットメント
- ユーザー体験に変革をもたらすことへの,こだわりと情熱
- 人と同じことを是とせず,創造性を促進する,オープンな環境
- 意思決定,ローンチ,変化に対する順応,という3点におけるスピード
- 優秀かつ才能ある人材から成る,瞬発力があり,粘り強く,生産性が高いチーム
- 指示や命令ではなく,メンタリングによる人材育成・人材指導

本書を読む限り,ベニオフのビジョンを実装した Salesfoce.com という企業は,どうやらこれらを兼ね備えているように伺えます.


余談ついでに,バズワードとなった「クラウド」という言葉について,あるエピソードを紹介しましょう.元々は凄腕プログラマー,その後エンジニアとは別の人生を歩んでいる,という友人がいます.その彼がこんなことを言ったことがあります.

もう技術から遠ざかっちゃってて全然分からないんだけどさ,最近「クラウド」って流行ってるじゃない?

あれって,要は API と何が違うの?


一瞬とんでもなく的外れな発言のように思いましたが,次の瞬間ハッとしました.このギークは本質を見抜いていた…少なくとも実体が曖昧なまま「クラウド クラウド」言う輩とは違い,誰も言わなかった具体的な言葉に置き換えてきたのです.事実,本書でベニオフも「クラウド」という言葉については,つきつめて要約すると「クライアント・サーバーモデル」ぐらいのことしか言っていません.


…えっと,後半はいろいろ脱線しましたが,本書は経営者や組織のリーダーはもちろん,テクノロジー業界に携わっているかどうかは関係なく,全てのアントレプレナーシップを持つ人に勧めたいガイドブックです.

当時の一般的なプログラマーは,大がかりで堅牢なコードが美しいと考える傾向があった.私たちは違った.複雑なコードはやがて膨れ上がり,スピードが落ちる.なので,できるだけコードの無駄を削ぎ落とし,最低限に留めようとした.このようなアーキテクチャだと,後に拡張したときでも,問題の切り分けが簡単になる.

-- Marc Benioff / 本書「テクノロジー戦略」アドバイス53「強固な基盤となる試作品に長期的に投資しよう」より


新規顧客を獲得する第一歩として,その顧客の海外支店に狙いを定めるのは大変に有効だ.

-- Marc Benioff / 本書「グローバル戦略」アドバイス87「地域を一括りに考えないこと」より


あらゆる業界のひとたち (特にテクノロジー業界がそうだが) が,1年間でできることを過大評価し,10年間でできることを過小評価している.

(中略)

目の前の機会を逃してはならない.想像し,発明し,破壊し,善を成そう.これまでとは違ったやり方で自分のアイデアを追及するには,熱意が必要だし,理不尽になる必要もある.それに,少しおかしいと思われるぐらいでなければならない.しかし,そのことには価値があるし,そこに投資すればするほど,人生はより大きなものとなる.あらゆる人々の成功を考えれば,必ず報われる.そのことは私が約束する.

-- Marc Benioff / 本書「最終アドバイス」アドバイス111「すべてのひとを成功させよう」より


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