Sunday, April 27, 2014

「当たり前」を疑え / なぜ目の前のバナナを取りに行かないのか [memo]



これは有名な実験ですが,今一度噛み締めておきたく,ここに記しておきます.

檻の中に5匹の猿がいました.

檻の中にはハシゴが置かれており,その上にはバナナがありました.

1匹の猿がバナナを取ろうとハシゴを登ると,冷たい水が浴びせられ,他の4匹の猿はびしょ濡れになりました.

他の猿が試みても同様のことが起きたので,猿は5匹ともハシゴに登ろうとは思わなくなりました.

1匹の猿が檻から出され,新しい猿が檻に入れられました.
新しい猿はバナナを見て,当然ハシゴに登ろうとします.

他の4匹の猿は,そうすると冷たい水が浴びせられることを知っていたので,ハシゴに登ろうとしている新入り猿を引きずり降ろして袋叩きにしました.

また1匹の猿が檻から出され,新しい猿が檻に入れられました.

新入り猿はハシゴを登ろうとし,他の猿が引きずり降ろして袋叩き.
また1匹の猿が入れ替えられる.その繰り返し.

やがて檻の中には,最初に水を浴びさせられた猿はいなくなります.

それでも猿たちは,新しい猿が檻に入れられ,バナナめがけてハシゴを登ろうとする度に,その猿を引きずり降ろして袋叩きにします.

その理由も分からずに.


慣行に騙されるな.
伝統に惑わされるな.

そのミーティングは本当に必要か?
そのプロセスは本当に最適か?

昨日の考え方で,明日の製品が作れるのか?
古い時代のやり方で,未来のサービスが作れるのか?

それは単なる思い込みではないか?
「前からそうである」だけで,疑問すら抱かず,当たり前のこととして遂行していないか?

目の前にバナナがあるのに,見過ごしてはいないだろうか?


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