2010年3月17日水曜日

正論は空洞の産物 [memo]

最近いろいろな人の話を聞く機会が多いのですが,自分の中で気をつけていることとして,「正しい (と思える) ことは信用しない」というのがあります.

聞いていて正しいと思えることなら,情報が溢れた今の世の中,自らその域に達することはきっとできるじゃないか.

正しいことしか言わない人は信用できない.
…というか,はっきり言って聞いていてつまらない.
正論をかざす人ほど,中身が無いような気がしてならないのです.

頭から否定したくなるような意見にこそ,自分では気づかない何か貴重なものが隠れているかもしれない.

聞く立場としてだけではなく,話す立場としても同じことでしょう.もちろん最初からそれを狙って奇想天外なことを発するのは本末転倒ですが.

正しい意見しか言えない,つまらない大人にはなりたくないものだ.
心の奥底から湧き出る思い込みを,借りものではない自分の言葉で,全力で話すのだ.

以上,備忘録でした.


2 コメント:

アオキン さんのコメント...

このエントリ好き。
難しいですよね~
いろんな視点で考える余裕を与えてくれないほどの
説得力ある意見は、つまらない。
でも、当たり前のことを再度言われた時に、自分を正すこともできますね。

正しいことをいう人も必要だし、変わったこと言う人も必要。
いろんな意見を多数決じゃなくて、調整が大事だと思ってます。

Toshiya Hasegawa さんのコメント...

誰もが気づいていなかった「当たり前」を,サラリと気づかせてくれる意見とかあるんですよね.そういう時は「頭いいなー」って目が覚めるようなこともあります.

でもそんなことばかりじゃないから,せめて正論よりは間違った意見を聞く方に頭と時間を使いたいなと.

エントリーの中では,
| 聞いていて正しいと思えることなら,情報が溢れた今の世の中,自らその域に達することはきっとできるじゃないか
と書きましたが,その為には自らアンテナを高く張って,少なくとも視野にあるものはキャッチしておかないとですよね.