Thursday, April 27, 2006

早稲田大学シンポジウム インターネット検索の未来 [memo]

昨日,早稲田大学が創立125周年を記念して開催した公開シンポジウム,「インターネット検索の未来」に参加してきたので,簡単にレポートしよう.

ベタなテーマではあるが,先日の TV 2.0のイベント で非常におもしろい話をしていた 情報考学 Passion For The Future の橋本氏を始め,初代「検索の鉄人」の関氏,元エキサイト CTO で Yahoo! Search Technology の開発にも従事した エッセンシャル・サーチエンジン の井上氏,ソニーから経済産業省に入省して検索エンジンの研究会を運営している八尋氏など,なかなか興味深い人達の講演・パネルディスカッションがあるということで非常に楽しみにしていた.

シンポジウム概要は こちら を参照.
本日の内容は一部を除いて後日ストリーミング配信されるとのことなので,ここではあまり内容をダラダラ書かずにポイントを絞って特に印象に残った点を2つほど紹介したいと思う.


関氏の講演ではネット検索のテクニックをいくつか紹介していて,例えば「タバコに含まれるニコチンの量」を調べたい時に多くの人は質問の内容を単語単位にして

タバコ ニコチン 量
などと検索してしまうが,コツは「意図した検索結果画面をイメージすること」で,この例であればきっと「様々なタバコの銘柄」やそれらについて「具体的なニコチンの含有率が何 mg か」という情報があるはずだから,
マイルドセブン セブンスター マルボロ ニコチン mg
のように検索した方が思い通りの検索結果を得られるということなど.

このような「ノウハウ」はネットの世界に慣れ親しんでいる方にとっては常識かもしれないが,印象的だったのはその後の質疑応答の中で出た,「そもそも検索エンジンに対して『ノウハウ』が必要なこと自体がおかしいのでは?」という質問.確かにその後のパネルディスカッションでも,多くの人 (正確な数字は失念してしまった) が1語のみをキーワードとするシンプルな検索を行っていたり,検索エンジン利用者の4割が意図した検索結果に辿り着けていないというデータが示されていた.

改めて思うのは,最近ではブログサーチなど対象を絞った検索もあるものの,基本的に検索エンジンがユーザーに提供する UI は1つだけだということ.今後もネット上のデータが膨大に増え続ける中でピンポイントに探したいページを見つけるという命題に対して,技術が解決し個人の趣向や行動パターンまで検索結果に反映できるようになるのか,それともある程度ターゲットユーザーを絞った様々な種別の検索エンジンが最初からいくつも分かれているといったアプローチになるのかは興味深くもあり,今後ますます検索エンジンに依存した生活を強いられる社会においては深刻な内容かもしれない.


もう1点は個人的にも期待していた橋本氏の「橋本節」が聞けたこと.さすが,なかなか痛快だった.曰く,

俺は別に彼女をしばる気はないんだ.彼女は自由だし,やりたいことをやればいい.だから,彼女が留学するのはちっとも反対じゃない.ただここで問題なのは彼女の動機だよ.安易な留学ブームに乗っかてるだけじゃねえか.だいたい,そんな,あいまいな気持ちで留学したって逃げてるだけじゃ…

みたいな文章を入力としてこれを要約すると,

淋しいんだね,おまえ (母親)

という結果になる,と (爆笑).
「これが機械にできますか?」と.

市販の文章要約ソフトの出力結果も示していたが,もちろんこのような結果にはならない.そして橋本氏はこう続ける.

「極論を言えば,機械にできるかと言われれば,もしかしたらできるかもしれない.自然言語処理の技術が進めば,これぐらいは今後機械にできるかもしれない.でもこれってお母さんに言われないと意味がないですよね?」

例えば原稿の締切が近づいてきて催促のメールが来たとして,機械が自動的に送ってきても意味が無く,人間が催促しているから始めて焦るというのだ.

機械が全てを解決できるわけではなく,またその必要も無いと.「世界をデータベース化する」ことはあまり意味がないのではないかと問いかけ,情報を「引き出す」技術としての検索として過去は記録から引き出す,現在は記憶から引き出す (思い出す),未来は想像する (対話や創発),と言う.

つまりこれまで検索はインデックスサイズとアルゴリズムの時代だったが,今後は「インターフェース x コミュニケーション」が重要になってくるのではないかとし,「Webをデータベース以上の知識想像と共有のプラットフォームに作りかえる次世代検索エンジンが求められている」と主張していた.


1つ強く感じたのは,現状の検索エンジンがカバーできていない分野はまだ山のようにあるということだ.将来の在るべき姿は,既存の技術を同じ方向でそのまま進化させていったものではないはずで,逆に言えばそこにまだビジネスチャンスがゴロゴロ転がっているということなのかもしれない.

The New York Times は2084年の Google を冗談混じりに こんな風 に風刺していて,さすがに「Brain」や「Future」を「I'm Feeling Paranoid」サーチしたいとは思わないが,いずれにしても検索エンジンが「夢のような万能ツール」に近づくには膨大な「泥くさい作業」も必要だろう.そして,技術だけが台頭して全てを解決していくのか,そこに何らかの「人間味」というエッセンスを効果的に加えて工夫を重ねていくのか,今検索エンジンは大きな分岐点に立っているのかもしれない.


【2006/04/28 追記】
本シンポジウムの内容が INTERNET Watch で紹介されていました.
「完璧な検索エンジン」は現われるのか、業界関係者が語る 検索の未来
後半のパネルディスカッションについて割と詳細にレポートされているので,こちらを合わせてご覧になるのが良いかと.

【2006/05/11 追記】
一部内容の動画配信が始まったようです.
早稲田大学創立125周年記念公開シンポジウム


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